パンを落としながら

ふわふわした中に確かなものを

大倉忠義に青春を捧げた話

私のオタクの原点、eighterだった頃のお話です。

 

私はイケメンがもともと好きなので←

Myojoを買ってたんですね。

でも推してるグループも個人さえもいませんでした。

顔ファンですらないって感じです。

嵐のアルバムを曲が好きだから買う程度といいますか…

ジャニーズの曲ファン?的な?

 

しかし転機は訪れます…!

1万字インタビュー*1をご存知でしょうか。

私は買ってすぐはインタビューを読まず、空いた時間に選んでじーっと読むタイプでした。

忘れもしない春休み!

私は雑誌に執着はないのでざっと見たら割とすぐ捨てていました。(今考えたらやばい)

家に残っていたのは2冊でした。

そのうちの1冊の1万字インタビューが大倉くんの回でした。

彼の仕事観、その他苦労話を読んで

「なんてすばらしい仕事観なんだ!!!!!!!」

ってなったわけです。

彼らを応援したい!!って気持ちが芽生えました。

そうです、eighterになりました!沼こんにちは!親にはなかなか言い出せずFCに入ったのは夏休みでした。8ESTの広島公演に締め切り3日前ぐらいに申し込んだのを覚えています。

 

そして第1希望の8ESTの広島公演に参戦したんですが、今考えたら「よくあんなに曲を知らずに参戦できたなぁ。」と思います。

ブリュレや初期のシングルさえ分からない、C&Rも分からない。それでも心はオタクでした。

参戦後めっちゃ泣いたのを覚えてます。

こんなに苦しくなるなら好きになるんじゃなかったって思ったのを覚えてます。(恥ずかしい)(重い)

 

そこからはもうガチのオタクです。関ジャニ∞沼に完全に潜って生活していました。

大阪ロマネスクのダブルA面シングル以外、がむしゃら行進曲までのシングルをそろえ、

FIGHTまでのアルバムを某CDショップでレンタルし、8ESTから関ジャニズムまで、

さらに47から十祭までのライブDVDを購入しました。

我ながらすごい行動力…!

それまで特にお金を使うようなことがなかったので貯金がすごい勢いで減りました…

 

メンバー全員の性格などを知っても私は大倉くんが1番大好きでした。メンバー全員好きだったんですけれども、笑った顔とかドラムの時の表情とか大きな笑い声とか、そしてくらすます*2で紡ぎ出される仕事観とか全てが大好きでした。(だから重たいって)

 

完全に関ジャニ∞沼にハマった私でしたが、
大倉くんの映画初主演*3が決まるなど関ジャニ∞の人気がグングン上がっていき、私もオタク活動に精を出していました。

私は同級生にこんなことを言ってました。
「大倉くんがカッコ良すぎて同級生の男子が見劣りする。」
…我ながら重症です。
カラオケにいっても95%は関ジャニ∞の曲を歌ってましたし、全ては彼らを中心に動いてました。

そんなある日JUKE BOX 5大ドームツアーが決まります。
もちろん申し込みました。
そして第3希望の福岡公演に当選したんです!
しかし私の親が認めませんでした。
「県外のコンサートなんてありえない。」と。
「人気が出てきたら地方にも回ってくるからそれまで待て。」と。
そもそもジャニーズのファンなどに理解のない親でした。最近は人気が出てもドームに限らずツアーをすることが多くなりましたが、数年前までは人気が出たらドーム公演のみ、アリーナや地方は行かない傾向がありました。
それを知っているからこそ、まぁ泣きましたね。せっかく当てた公演に行けない訳ですから。馬鹿馬鹿しいと思われるかもしれませんが、日常生活が上手くいってなかったものですから心の拠り所は関ジャニ∞だけだったんです。
結局福岡公演は一緒に行く予定だったeighter同級生だけが行きました。結構な良席だったそうです。
十祭は頼み込んで頼み込んで(微塵も思ってなかったけど)「受験前はこれでラストにする。」と言い申し込んだものの第1希望の1公演しか書かせてもらえず落選。
関ジャニズムに至っては申し込み前に釘をさされた(リアルに刺されたわけじゃないですよ!)ので申し込みさえ出来ませんでした。
こんな環境の中よくオタク続けてたなぁ、と我ながら感心。
それでも輝き続け、成長し続ける関ジャニ∞が大好きでした。


関ジャニズムのツアーが終わる頃私にも向き合わなければならないものが出てきました。
それは大学受験です。
私は正直一人暮らしができたらどこでもいいと思ってました。関ジャニ∞が好きだから関西の大学かなーとか。軽い気持ちで。
親には言ったことがありません。口が裂けても言えません。
しかし私の生活は関ジャニ∞を中心にまわっていました。フラゲ日には通学路のCDショップに一目散に行き買っていました。セブンイレブンの店員さんと仲良くなりました。*4彼氏どころか、好きな人さえもいませんでした。好きな人は大倉忠義だったので。(重い)
自分なりに考えました。
「受験に集中するためにはオタクを続けられない。」
関ジャニ∞しかなかった私は持っていたシングル・アルバム・ライブDVDの全て、そしてグッズのほとんどを手放しました。オタ卒です。eighter卒業。
と言いつつも会報はまだ持ってますし、8ESTの時のマジバン*5は手放すことが出来ませんでした。それらは今もどこかで眠っています。
なんだかんだで受験が終わり、私は関西地区でない大学に進学が決まりました。関西地区の大学にも合格していたんですが。
私は受験前はeighterに出戻りするつもりだったんですが、1年の間にさらなる成長を遂げた彼らをまた好きにはなりませんでした。
主な理由は遠くに行ってしまった気がしたからです。私はガムシャラな彼らが大好きでしたが、大倉くんの某SNSアカウント疑惑などを見てスタッフさんに対する態度がいつかのくらすます*6に書いてたものと全く違い、私が大好きだった仕事観は変わってしまったのかなぁ、と思ってしまいました。きっとこれが理由です。
本当に大好きでした。くらすますを読んで短く切った髪もポニーテール*7が出来るよう伸ばしたし、ラジオ*8で言っていたからタートルネック*9も着るようになりました。大倉くんの誕生日に緑色*10のシャーペンを買いました。なにかと物を買うときは緑色のものが多かったです。(重い)
辛い日々も大倉くん、関ジャニ∞に何度も救われました。笑い声を聴くだけでも日常を忘れることができて幸せでした。コンサートは1度しか行けなかったけど、それだけでもありがたいことだし、ずっとずっと誰よりも本当に大好きな人でした。本当に約3年間笑顔を幸せを与えてくれた大倉くん、関ジャニ∞には感謝しています。(重い)

今は関ジャニ∞を見ると懐かしい気持ちになります。仕事観はきっとブレてないです。私の勘違いだったと信じてます。本当に今も昔も素晴らしいグループです。
ちなみに大倉くんのことはたっちょんって呼んでました。詳しく知りませんが今はたっちょん禁止令が本人から出たとか…?

私が大倉くんに関して書きたいことは以上ですかね!私がJKの時代を捧げた素敵な男性の話をお送りしました。

【追記】
1つ誤解のないように書いておきますと、本当の恋愛感情と応援の気持ちを錯覚していたわけではありません。むしろ女優さんと共演する度に早く結婚しないかなって思ってました。

 

*1:Myojo内の連載企画。2011年5月号から2015年4月号まで続いた。

*2:ジャニーズウェブ内における大倉くんの期間限定不定期更新連載。

*3:100回泣くこと

*4:セブンイレブン関ジャニ∞がコラボキャンペーンの影響。

*5:全て叶うかもしれないマジカルバンド。

*6:ジャニーズウェブ内における大倉くんの期間限定不定期更新連載

*7:大倉くんが好きなマンガに出てくる女の子のキャラがポニーテールだからポニーテール良いよね!みたいな回でした。

*8:村上信五の週刊!関ジャニ通信

*9:寒そうにする女の子が好きという話題の中で首の隠れた服が好き!という発言をしていました。

*10:大倉くんのメンバーカラー。