パンを落としながら

ふわふわした中に確かなものを

大倉忠義に青春を捧げた話 その3

前回までeighterになった経緯やオタクとして厳しい環境の中での私を話してきました。今回こそ卒業編を書きたいと思います。

 

関ジャニズムのツアーが終わる頃私にも向き合わなければならないものが出てきました。

それは大学受験です。

私は正直一人暮らしができたらどこでもいいと思ってました。関ジャニ∞が好きだから関西の大学かなーとか。軽い気持ちで。

親には言ったことがありません。口が裂けても言えません。

しかし私の生活は関ジャニ∞を中心にまわっていました。フラゲ日には通学路のCDショップに一目散に行き買っていました。セブンイレブンの店員さんと仲良くなりました。*1彼氏どころか、好きな人さえもいませんでした。好きな人は大倉忠義だったので。(重い)

自分なりに考えました。

「受験に集中するためにはオタクを続けられない。」

関ジャニ∞しかなかった私は持っていたシングル・アルバム・ライブDVDの全て、そしてグッズのほとんどを手放しました。オタ卒です。eighter卒業。

と言いつつも会報はまだ持ってますし、8ESTの時のマジバン*2は手放すことが出来ませんでした。それらは今もどこかで眠っています。

なんだかんだで受験が終わり、私は関西地区でない大学に進学が決まりました。関西地区の大学にも合格していたんですが。

私は受験前はeighterに出戻りするつもりだったんですが、1年の間にさらなる成長を遂げた彼らをまた好きにはなりませんでした。

主な理由は遠くに行ってしまった気がしたからです。私はガムシャラな彼らが大好きでしたが、大倉くんの某SNSアカウント疑惑などを見てスタッフさんに対する態度がいつかのくらすます*3に書いてたものと全く違い、私が大好きだった仕事観は変わってしまったのかなぁ、と思ってしまいました。きっとこれが理由です。

本当に大好きでした。くらすますを読んで短く切った髪もポニーテール*4が出来るよう伸ばしたし、ラジオ*5で言っていたからタートルネック*6も着るようになりました。大倉くんの誕生日に緑色*7のシャーペンを買いました。なにかと物を買うときは緑色のものが多かったです。(重い)

辛い日々も大倉くん、関ジャニ∞に何度も救われました。笑い声を聴くだけでも日常を忘れることができて幸せでした。コンサートは1度しか行けなかったけど、それだけでもありがたいことだし、ずっとずっと誰よりも本当に大好きな人でした。本当に約3年間笑顔を幸せを与えてくれた大倉くん、関ジャニ∞には感謝しています。(重い)

 

今は関ジャニ∞を見ると懐かしい気持ちになります。仕事観はきっとブレてないです。私の勘違いだったと信じてます。本当に今も昔も素晴らしいグループです。

ちなみに大倉くんのことはたっちょんって呼んでました。詳しく知りませんが今はたっちょん禁止令が本人から出たとか…?

 

私が大倉くんに関して書きたいことは以上ですかね!私がJKの時代を捧げた素敵な男性の話をお送りしました。

 

【追記】

1つ誤解のないように書いておきますと、本当の恋愛感情と応援の気持ちを錯覚していたわけではありません。むしろ女優さんと共演する度に早く結婚しないかなって思ってました。

*1:セブンイレブン関ジャニ∞がコラボキャンペーンの影響。

*2:全て叶うかもしれないマジカルバンド。

*3:ジャニーズウェブ内における大倉くんの期間限定不定期更新連載

*4:大倉くんが好きなマンガに出てくる女の子のキャラがポニーテールだからポニーテール良いよね!みたいな回でした。

*5:村上信五の週刊!関ジャニ通信

*6:寒そうにする女の子が好きという話題の中で首の隠れた服が好き!という発言をしていました。

*7:大倉くんのメンバーカラー。